地球に笑顔があふれますように!

野口 洋子

カンボジアの女性たち

今回始めてカンボジアへ行った。SARSがアジアで猛威を振るっている時期であり、家族の猛反対にあった。高校で先生をしているということもあり生徒への影響を考えざるをえなかった。しかし、それ以上に生徒達に世界で起こっていることを伝えたいと思い、カンボジアへ行くことを決意した。

私はカンボジアで想像絶する世界を目の当たりにした。その中でも、以下のことについて報告したいと思う。

  1. 貧困問題の深刻さ(孤児院で考えた事)
  2. 職業訓練センターで現地女性たちに触れて感じた事
  3. ホームステイで感じた事
  4. 日本人だからこそ、日本人でも出来る事
  5. 全体的に感じた事
  1. 貧困問題の深刻さ(孤児院で考えた事)
    ここにはたくさんの問題が山積みにされている。いたる所にゴミが散在していたり、地雷やポリオ等の障害に苦しんでいる人、生活に苦しんでいる人、HIVに苦しんでいる人が実に多い。これらの問題の根底には貧困問題が横たわっている。生活に苦しんでいるといっても、その日1日生活することがとても困難であり、日本で言う生活苦とはとてもレベルが異なる。地雷被害者は普通に通りを行き来している。私の中で地雷被害者は深刻な障害者として位置付けられていたが、この国ではその数の多さからでろうか、地雷被害者は深刻な障害者ではないという印象をうけた。
    また、HIV感染者は身体的に苦しいのはもちろんのこと、近所の人から非難・中傷を浴びるなど精神的ストレスに苦しんでいる。そして、自分が感染していることで伴侶も感染していることになり、自分の子供も感染している可能性がでてくる。不安は、自分のことに留まらず子供の将来にまで及ぶ。
    HIVで夫を亡くした未亡人が働く施設を訪問した時、彼女達はたくさんの不安を抱えながらござやシルク、縄を一生懸命にそして丁寧に編んでいた。死と隣り合わせで生きることは本当につらい事であると思う。彼女達の姿を見て、生命力と強さを感じた。私は彼女達の人生を共有することはできない。そして彼女達の気持ちをすべて理解する事はできない。その事が凄く悔しくて、悲しかった。しかし、命ある限り彼女達が精一杯活動して欲しいと思う。
    また、HIVで親を亡くした子供達がいる。そのような子供達や、その他の様々な事情で育てる親のいない子供達が生活している施設で、ホームランド孤児院を訪問した。ここで子供達のあふれんばかりの笑顔に出会った。子供達はためらいもなく私達に飛びついてくる。まだ小さくて、かわいい子供達が孤児院に連れられてきた経緯を思うと、無邪気な笑顔に触れる度、涙が出るくらい悲しかった。親の生活環境如何で子供の生活環境が良くも悪くもなることを実感した。
    ホームランド孤児院のような施設で生活できる子供達はまだ幸せかもしれない。頼る人がおらず、一人路頭に迷っている小さい子供達がまだいると思うと、遣る瀬無い気持ちになる。
    孤児が生まれてくる現象の根底にも貧困という問題がある。そして、貧困という問題の深刻さ、そしてそれが後世に与える影響力の強さをまざまざと見せられた。私は子供達がキラキラした目で、そして足の先から手の先まで使い、全身で自分自身を表現してくれた、あの素敵なダンスを忘れることができない。孤児院の存在をありがたく思ったが、孤児院の必要性がなくなる社会に早くなって欲しいと思う。

  2. 職業訓練センターで現地女性たちに触れて感じた事
    今回のツアーで私が一番楽しみにしていたのは、職業訓練センターのオープニングセレモニーである。
    当日はフンネン州知事、平和行進を行い、仏教界では大変お偉いお坊さんであるマハゴサナンダ氏が、そしてなによりも千人近い地域住民が参加してくれた。地域皆がこのセンターに寄せる期待を、そして私達の日本での力が実を結んでいることをひしひしと肌で感じた。そして、オープニングセレモニー前日に執り行われた土地の神様へのお祈り、本堂でのお祈りの儀式でも実感したが、スバァイリエンの村人達と共にこのセンターを建設し、これからセンター成功に向けて共にがんばっていくのだという一体感を感じることができた。
    これからこのセンターで先生として働くことになる8人の女性達の言葉に、私はとても感動した。彼女達の言葉は「技術を身に付け、仕事を持てることがとても幸せ。この機会を与えてくれた日本のセカンドハンドの人達の事は絶対に忘れない。」というものであった。また、足踏みミシン回収の様子を写真で見て、そして足踏みミシン提供者のメッセージを聞いて「泣きたい位嬉しい。」と語ってくれた女性もいた。日本で頑張っている人の気持ちが彼女達に伝わっていることが私も泣きたい位に嬉しかった。文化、言葉、生活環境は違うけれど、心繋がっているのだと感じた。そして、私達も日本でがんばって彼女達と共にこのプロジェクトを成功させたいと思った。
    「今回身に付けた技術を使って他に困っている女性達を助けてあげたい」、「家計を助けたい、兄弟、娘、息子に教育を受けさせたい」など、たくさんの夢が彼女達の中にはある。私と同年代の女性達がこのように自分のことよりも家族のことを考えている姿を見て、自分のことしか考えていない私自身の事を凄く恥ずかしく思った。ここの女性達は、本当に自立したいという気持ちで溢れている。今回セカンドハンドが彼女達に職業訓練センターというきっかけを創ったが、これを機に自分達で自立できる場所をどんどん増やして貧困の問題に継続的に取り組み、そして解決していってもらいたいと思った。

  3. ホームステイで感じた事
    私は8人の女性のうちの一人である、とても美しいシナの家にホームステイをし、スバァイリエンの村の生活を体験した。とても貴重な体験となった。電気は自家発電であり、水道はない。日本のように台所、風呂場、リビング、寝室が家にはない。1つの部屋で1日の生活を家族全員で行う。日常生活すべてが驚きの連続であった。
    日本人だからということでシナの家族が気を使っていたということもあるかもしれないが、私自身はここでの生活に不便さを感じなかった。物質的には日本での生活に比べると各段に乏しい。自給自足の生活の大変さを感じた。しかし、一方ではここの生活が素敵だと思った。なぜなら、子供は料理や洗濯、畑仕事、掃除をする親の姿に自然と触れることができ、常に家族はお互いの様々な顔を見て過ごすことができるからである。また、人の繋がりが表面的でなく、自然な形で強くできあがっている。近所の人達は自分の家のように行き来をしている。子供の友達は家族全員の友達である。そして、日が沈み暗くなれば眠りにつき、鶏が鳴いて日が昇れば活動をするというように自然に則った時間の中で、家族を超えた大勢の人が時間を共有している事がとても素敵なことだと感じた。
    この村の人々は日本の生活−日が沈んでも起きて活動をし、日が昇っても寝ている、そして、ブラウン管を覗いて一人で笑っている生活−を見て大変驚くに違いない。そして、そのような生活をしている私達をかわいそうに思うかもしれない。物質的には不足しているこの村には、私の中にはなかった心の豊かさ、自然と共に生きているという、人間の力を過信しない謙虚さが見られた。
    ホームステイで思った事は、地球上には様々な生活環境で生活している人々がおり、そこには不足している物があるにしても、その状態が彼らにとっては普通であり、その環境の中で工夫をしてそこでの生活を楽しく不便なく過ごしているということだ。私は彼女達の生活−自然に密着して、人との繋がりを感じることができる生活−を羨ましく思った。日本での生活は人間の体内時計に反していると感じたからだ。しかし、私には日本での生活があり、すぐにはその生活を離れる事はできないだろう。それは、今まで電気・水道のある生活、物質的には不足していない環境で生活してきたからである。送るべき生活スタイルはどちらが最善かというと、それは分からない。ただ、人は時代と環境に合わせてそれぞれ独自の生活スタイルを築き上げ、一番快適な形にしているのだと感じた。
    また、シナがセンターで働きたい、仕事を持って現金収入を得たいという理由が1日寝食を共にして少しだけだが分かったような気がする。

  4. 日本人だからこそ、日本人でも出来る事
    今回日本人であることを誇りに思った事がある。それは今回オープニングセレモニーに浴衣を着て参加した事である。
    日本の文化を多くのカンボジアの方々に身を持って表現出来たと思う。また、カンボジアで頑張っている女性達に浴衣を着せてあげると、凄く素敵で、彼女達は大変喜んでくれた。私もまた嬉しかった。日本人であることを嬉しく思った。
    浴衣が国を超えてカンボジアへ行った。文化に秘められた力の大きさを感じた。私が日本人である事は変えようのない事実である。それゆえに昔の人々から語り伝えられた日本の文化を大切に守り、後世に語り伝えていこうと思った。
    また、日本人であってもカンボジアの伝統芸術を守っているところがあった。クメール伝統織物研究所である。ここは、伝統的なシルクの赤色染料であるラック介殻虫の生育に必要な、自然の森の復元に取り組んでいる。日本人だが、素敵なカンボジアの伝統芸術を守ろうと取り組んでいる。素敵なものを後世に残したいと思う気持ちは万人が持つ自然な気持ちである。それが、カンボジアのものであろうが日本のものであろうが問題ではなく、その取り組みは、地球人として自然な姿であると感じた。私達セカンドハンドを始め、様々な分野でカンボジアの国を支援している人達がいることを感じた。現在カンボジアは様々な人の支援を受けているが、これからどのように変化していくのであろうか?この国のこれからの変化の様子を思うととても興味深い。
    ツアー中にセカンドハンドは9周年という記念すべき日を迎えた。しかも支援先のカンボジアである。この9年間には多くの人々が様々な思いで活動を行い、その結果として、今の活動があることを思った。
    一人の力は小さいけれど、集まれば大きくなるのだと感じた。なぜなら、今回、カンボジアで出会った人々は私達セカンドハンドが支援をしている内のほんの一握りだけれども、その一握りの人々にはたくさんの笑顔が溢れていたからである。9年間でどれだけの笑顔がカンボジアに増えたのかと考えると嬉しくなった。
    また、私達一人一人の力をまだ必要としている姿を目の当たりにして、支援の必要性を感じた。今回実際支援先に行き、自分の目で見、肌で状況を感じる事で、支援の必要性は、支援先でなければ理解する事が出来ないと感じた。

  5. 全体的に感じた事
    初めて触れたカンボジアは、人には時間に追われているという焦りがなく、ゆったりと生活している印象を受けた。しかし、焦りのない空気の中で、この1日を生きていこうと必死で頑張っている姿を見た。建物や道路ではなく、人が生きている国であり、魅力的であると感じた。
    ツアーを終えてみると10日間はとても短かかった。しかし、もっと長期間滞在していたような気持ちになるくらい内容の濃い10日間であった。
    トゥルースレイン博物館では、今生きている私達が、当時の人達が残してくれたものを後世に残す事の必要性を感じた。また、アンコール遺跡群では、歴史や、人の力の大きさ、自然と共存していた当時の様子を感じると共に、今は自然と共存する事が難しい世の中である事を感じた。その他にも様々な所を訪問し、多くの方々に大変お世話になった。現地の方々の一生懸命に活動している姿に触れ、感謝の気持ちで一杯になった。
    私はこの時期に、このメンバーでカンボジアに行くことが出来てとてもよかった。なぜなら、この時期の私でしか感じ取ることが出来ない事がたくさんあり、このメンバーと一緒に行動したからこそ感じ取れた事もたくさんあったと思うからだ。今回カンボジアで様々なことを見て勉強になった。そして、自分を見つめ直す機会にもなり、大変内容の濃い10日間であった。これからの生活に活かして行きたいと思う。

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